二次元はリアルを超えるか [エイリアンに恋する若者たち]

どんなきれいなヌードでも、アニメの女の子のようには脚が長くないし、じっと見ていればさまざまな「ノイズ」が目に入ってくるのは当然だ。そのことに耐えられなくなって、気分が悪くなるのである。

三次元ヌードへの拒否反応

大学を芸大 それも映像系(私はCF専攻だったが同じ学科内にはアニメ専攻もありそっち系の仲間も多くいた)を出た私には興味ある話だった
私もリアル人体の体/骨格を理解することは必要だと思う それはリアルがベースになっていれば写真などを資料として理解を深めるのもいいだろう
しかしリアルを完全に拒否してヴァーチャルの中だけにリアルを求めることには疑問を感じてしまう
しかしそれは現在深まりつつある現実でもある


でも昔からそういう傾向はあったんだよね
そもそも漫画の描き手は一部を除いてほとんどが芸術の訓練を受けてない素人である
絵が上手ければ人気作家になれるわけではない おもしろい話さえ描ければ絵がヘタでも読者はついてくる それを個性という そういう現実の中では目を背けたくなるくらいデッサンが崩れたヘタな人気漫画家もいた 最近水商売系の劇画が人気あるようで話題作をいくつも読んでみたが劇画のくせにデッサン崩れすぎ絵のへたすぎな作者が多い つまりリアルの人間はどうだっていいんだよね そういう人たちにとっては自分の中の脳内人間としてリアルであれば そしてその脳内リアルは漫画の初期手塚治虫石森章太郎の時代から脈々と日本の漫画文化として受け継がれてきている 海外から見ればなんて目が大きくて・・・と言われて長い 最近ニコニコで見たテキサス老人が語るハルヒ評の動画でも言われていた
目が大きいのはデフォルメだが ある意味デッサンが崩れているとも言える そういう二次元キャラでは見せる角度が決まっており それ以外の角度から見ればつじつまが合わなくなり作画崩壊してしまう場合がよくある フィギア原型師はキャラクターの特徴を活かしつつどの部分から見てもデッサンが崩壊しないよう矛盾をごまかして仕上げる高度テクニックが要求されるそうだ きちんとしたデッサン力を基にデフォルメするのではなく もともとデッサンなんかどうでもよく作者の脳内リアルを基に作られたキャラは3次元にはなりえない それを3次元にする原型師はすごいものだが それはある意味無理やり3次元にした矛盾体である
原作作者も見る側もよくできた3次元フィギアを矛盾体であるとは思わない まさに自分たちの脳内リアルが三次元化されたこれこそ究極のリアルなんだから もうそれは現実のリアル人間の片鱗もない別物 エイリアンと同じである 
フィギアを求めないオタクでも二次元ヴァーチャルがすでに脳内では現実よりリアルな世界なのだから 完全に別世界のエイリアンに遠距離恋愛をしているのだろう

二次元とリアルをきちんと使い分けていた人たちは要領のいい人たちである もしくはあまり二次元に興味ない人だろう 多くのオタクはリアルとヴァーチャルの狭間をフワフワと漂っている しかし中には不器用なオタクが2次元ヴァーチャルとリアルの区別ができなくなりリアルな女性に嫌悪しか感じない重症なものも出てきた 彼らはリアル女性に魅力を感じない性欲も感じない 人間とは別のものに理想を求め恋してしまった若者だから